開発途上国、特に新興国と呼ばれるアジアやラテンアメリカでは、環境保全型農業の推進の動きがあるのをご存知でしょうか。
最近は、日本でも「エシカル」、「オーガニック」、「フェアトレード」なんて言葉を聞くことが増えました。
言葉の厳密な意味はわかりにくいのですが、なんとなく社会にやさしい農業のような印象を与えます。
これらは環境保全型農業ととても親和性の高い概念です。
国連が2019-2028年を家族農業の年としたことで、環境保全型農業推進にさらに拍車がかかるのでは、と考えています。
環境保全型農業は、性質上大規模化することが難しいので、ほとんどの場合小規模かまたは家族経営になるからです。
環境保全型農業の推進や普及をおこなう主体は、各国政府です。政府の方針に合わせて、草の根レベルでもNGOやソーシャルビジネスが入って様々な活動をしています。
有機農業やアグロフォレストリー、パーマカルチャーのなどのいわゆる「環境にやさしい」農業を、途上国の農村住民に紹介しながら推進する活動をしている日系NGOも多いですよね。
特に私が協力隊として活動していたフィリピンでは、多くのNGOが有機農業普及に取り組んでいます。
今回は、私が協力隊として活動したフィリピンを例にして、途上国の環境保全型農業推進の背景を簡単に説明します。
環境保全型農業とは
そもそも、環境保全型農業とは何でしょう。
日本の農水省は、環境保全型農業を以下のように定義しています。
農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業
簡単にすると、環境に配慮した農業の総称です(そのまま)。
この定義からすると、日本で最も耳にする「環境にやさしい農業」である「有機農業」は、環境保全型農業の一つの形態として考えられます。
日本では、他にも「自然農法」「減農薬農法」「〇〇農法」・・・と、様々な呼称がされています(この点はわかりにくいのでまた機会があれば書きたいと思います。日本の環境保全型農業の歴史は古いのです。)。
実を言うと、途上国では、「環境保全型農業」(Environmental Conservation Agriculture)という呼び方はあまり一般的ではなく、代わりに、“Clean Agriculture”や“Organic Agriculture”というように、各国が推進する環境保全型農業を命名し、定義しています。
途上国に限らず先進国も含めた世界の環境保全型農業(この場合は「有機農業」)の推進に精力的に関わっている国際NGOとして、IFOAM(国際有機農業運動連盟)があります。IFOAMには、117か国から、800近くの団体が加盟しており、国連とも繋がりがあります。
フィリピンの国家的な有機農業推進には、IFOAMからの働きかけが大きく作用していたと言われています。
調べたわけではありませんが、おそらく、他の途上国においても同様で、有機農業や環境保全型農業の推進をする際にはIFOAMの助言やサポートが入っていることと推測します。
日本で定めている「有機農業」も、IFOAMから着想を得ています。
フィリピン農業省の定める有機農業普
フィリピンでは、環境保全型農業として有機農業(Organic Agriculture)の普及が展開されています。
農村では、農業省を中心に関連省庁やNGO、大学、地方自治体などが実に様々な有機農業普及事業を、多様なアプローチで実施しています。
フィリピンの有機農業は、フィリピンの法律でしっかり定義がされているので日本国内の有機農業と意味合いが多少異なります。ですので、フィリピンで「有機農業」を用いる場合は注意が必要です。
フィリピンの有機農業を、フィリピンの有機農業普及の法律文書で明記されている定義から私が勝手に訳すと、以下のような感じになります。
有機農業は、自然生態系配慮型で、社会的に受容され、経済的かつ技術的に実現可能な、食料・繊維生産のための農業システムの全てを含む。有機農業は、化学肥料や殺虫剤を使用しないことで外部からの投入物を劇的に減らす。また、それは、化学物質や農薬の無環境下での品種改良、自然淘汰等の本法の原理原則に則った科学技術の使用や、文化的慣習に則ること、そして IFOAM が提唱するように、土壌破壊と農家・消費者への健康被害を伴わずに生産性を向上することを意味するが、これらに限定されない。しかし、ここで言うところの科学技術に遺伝子組換技術は含まれない。
「経済的」「外部からの投入物を減らす」「生産性を向上」と言及されているように、フィリピンの有機農業はその経済性に大きな期待を寄せていることがわかります。
その特徴は、世界の有機農業の基準になっているIFOAMが定める有機農業の定義と比較すると浮かんできます。
IFOAMの定義は以下になります。
有機農業は、土壌・自然生態系・人々の健康を持続させる農業生産システムである。それは、地域の自然生態系の営み、生物多様性と循環に根差すものであり、これに悪影響を及ぼす投入物の使用を避けて行われる。有機農業は、伝統と革新と科学を結び付け、自然環境と共生してその恵みを分かち合い、そして、関係するすべての生物と人間の間に公正な関係を築くと共に生命(いのち)・生活(くらし)の質を高める。
ここでは、「循環」や「自然環境と共生」といった言葉があり、フィリピンの定義と多少ニュアンスが違うのがわかっていただけると思います。
途上国が環境保全型農業を普及する背景・理由
では、なぜ途上国政府やNGOは環境保全型農業の普及に力を入れるのでしょうか。
途上国の環境保全型農業の推進の背景にある目的として、以下のことが考えられます。
①環境の保全
②生産者(小規模農民)の生計向上
③社会正義(社会的公平)
④国民の健康の改善
⑤気候変動への適応
「環境保全型」農業なので、途上国は「環境保全の意識が高い!」と思いますよね。
推進の一番の目的は当然①なのでは?と考えてしまいます。
私も、フィリピンに行くまでは、フィリピンの方が日本よりも環境保全の意識が高いと思い込み、渡航に向けてワクワクしていました。事実、2017時点で日本のJAS有機農地面積は全農地の0.4%程度であったのに対し、フィリピンでは有機農地面積は2%でした。当時、この値は東南アジアで最大でしたが、2019年にベトナムに抜かれています。
しかし、実際のところほとんどの途上国政府が環境保全型農業に期待しているのは、②小規模農民の生計向上だろうと、私は考えています。
フィリピンの有機農業推進政策に関連した法律や、関連した事業計画の公式文書を当たってみるとわかるのですが、環境保全に関連した記述はごく限定的なのに対して、有機農産物の付加価値や、農薬や化学肥料の使用を減らすことで得られる経済的コスト削減が繰り返し強調されていることからも読み取れます。
これは、上で述べた「有機農業」の定義からもわかります。
ちょっと考えてみれば、それもそのはず。
途上国(新興国)は今、先進国を追って経済成長を第一優先に目覚ましい成長を遂げています。
環境のことよりも、貧困削減が国力にとって優先される課題になります。
日本もそうだったように、環境の保全は、経済発展には足かせとして捉えられがちです。
「環境保全型農業」という名称を使うけど、本当は「低コスト付加価値作物生産型農業」と呼称した方が、農業形態に求めている目的を掴んでいるのではないかと私は感じています。
これを後押ししているのが、先進国や富裕層を中心に成長するオーガニックマーケットです。
③の社会正義(社会的公正)とは、大規模農民と小規模農民、土地有農民と小作人の格差是正や、仲買人による搾取の解消、消費者と生産者の対等な関係の構築といった、これまで力関係が明白だった農業に関わるステークホルダーを公平かつ平等にすること、と考えられると思います。
⑤はあまり知られていないのですが、一般的には、化学肥料の使用を避け有機質の肥料の施与を続けると、土壌の物理性が改善されることで表土流出や冠水の被害を防げたり、農薬の散布を止めることで生物の多様性指数が向上し、環境の変化による天敵ストレスの低減などが言われています。この点の研究は多いのですが、あまり当たれていないので最新の研究はまた時間があるときに調べてみたいと思います。
では、フィリピンの現場では有機農業普及はどのようにおこなわれているのでしょうか?
そのことはまた次の機会に書きたいと思います。
コメントを残す